2013年12月25日水曜日

レビュー|関谷あゆみ展

展覧会名|関谷あゆみ展
会期|201181日(月)~6日(土)
会場|ギャラリー檜BC


執筆者|宮田 徹也


fig.1 関谷あゆみ展 展示風景

関谷あゆみは1988年生まれ、横浜デザイン学院でデザインを沼田皓二、写真を本橋松二、イラストを伊川英雄に学ぶ。卒業後、鎌倉・日本画塾で間島秀徳、小滝雅道、山田昌宏の教訓を受け、2010年になびす画廊で初個展、その後個展は毎年、様々なグループ展に参加している、気鋭の新人アーティストである。

fig.2 関谷あゆみ展 展示風景
このような略歴が示すとおり関谷はデザインの一専門学校から突然、博士課程をも凌駕するとされる日本画塾で学んでいるので、本格的なテクニックを身につけているにも関わらず、あらゆる学閥や師弟関係、画壇に属さず、本来の意味で自らのイメージを忠実に表そうと努力している。

fig.3 関谷あゆみ展 展示風景

関谷は今回、ギャラリー檜の二つの大きなスペースを、12点の作品で埋めた。驚くべきはまず、10.5×10.5cmの小品から700×170cmに至る《道》という、あらゆるサイズを自由に往来できることである。次に、デザインと日本画を体現しているため、カラーインク、アクリルから岩絵具、膠、更にペンキに至るまで、自己の体に入っている素材を物怖じなく止揚している点にある。

fig.4 関谷あゆみ展 展示風景

そして、会場に入って感じたことでもあるのだが、描かれている世界観が余にも独自で他に例をみないのである。深刻な抽象画でも、気楽な落書きでもない。しかし細部を辿ると、真摯な日本画でもあり、楽しいライブ・ペインティング要素が含まれている。どちらでもあり、どちらでもないのだ。主義主張を標榜する前の、描くことの根底がここにあるのではないだろうか。

fig.5 関谷あゆみ《花》

それは、巨大な作品から小品に至るまでの、関谷の筆致に注目すると良く分かる。大作は、前衛書家やアンフォルメルの画家達のような力強い線とは異なる表情を浮かべている。小品は繊細で在り続けていない。むしろ、ある種の確信に満ち溢れているのではないかと想像する。

自己のイメージを、画面を通じてあらゆる素材を用い、躊躇することなく向き合っているのである。大きな作品に気負いがなく、小さい作品に手抜きをしない。関谷にとって、画面の大きさや素材など全く問題になっていないのだ。当然のことながら、そういったイメージの具現化がまだまだ足りない。しかし、見たことのない筆致にこれ以上のない価値観が誕生するのだ。

独自の色彩感、ゲシュタルトを反転しても成立する形、何者にも囚われない発想。アーティストやデザイナーは、どうしても欲が出てしまう。関谷はその欲を始めから携えず、画家として最も必要な宝を胸に秘めている。それが最も大切なことなのだ。プロとアマの違いは、金を稼げることではない。最も大切なことを知っているか知らないかに掛かっている。


関谷は画家として自立を始めた。これからもこれまで以上に臆せず、次々と作品を制作し、発表して欲しい。また、関谷のような特別な経験がなくとも、関谷と同様に自由な作品を制作する機運があるデザイナー、アーティストも存在するだろうし、これから画家を目指す者達にとっても、関谷同様に、自らのイメージに真摯に、忠実に向き合って欲しいと願う。

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