2012年6月6日水曜日

イマジン|往復書簡:「イマジン」のはじまりとこれから(後編)

第5信|小金沢智→市川裕司
2012/05/28 1:15

 出張先は盛岡でした。職場の世田谷美術館に巡回する展覧会で、副担当をしている「生誕100年 松本介展」@岩手県立美術館(2012414日~527日)を見るためでしたが、松本介(19121948)という人は、非常に勉強をしていた人なのですね。その蔵書を昨年末に調査する機会があり、見せていただくと、古今東西の美術関係の書籍はもちろんのこと、文学、思想、哲学、歴史、宗教、物理学、等々、実に様々なジャンルの本を所蔵されていた。作品を形作るのは書籍だけではもちろんないのですが、介であれば、いわゆる「洋画」の範疇だけで物事を考えていたのではない、つまり多種多様なものが血肉になって作品を作っていた、ということを伺える調査でした。幼少期から青年期を過ごした盛岡という土地の風土も、ただ作家に留まらない、松本介という人間を形作るのに大きく関係したことでしょう。しかし、これは特別なことではなくて、僕たちは実に多くの要因によって今の自分がいるなと、改めて実感しました。

 さて、美術にはルールがある、という話になりそうですね。にもかかわらず、「日本画」は定義が曖昧であり、しかし、「ざっくりとしたある範疇にある」というのはなかなか複雑な話ですが、「日本画」に関係する人たちには、理解してもらえるところでしょうか。
 ここで話を若干ずらしますが、僕の話を少しさせてもらいたいと思います。僕は大学と大学院で日本美術史を学んだのですが、それは必ずしも「日本画」にかぎった話ではありません。このイマジンであったり、僕も市川さんもメンバーの一人のガロンであったり、縁あって、「日本画」に関係する人たちと一緒に仕事をする機会が多いのですが、卒論は河鍋暁斎(18311889)、修論は岡本太郎(19111996)でした。河鍋暁斎は「日本画」発生以前の幕末から明治の人だから「日本画」と言うには違和感があるし、岡本太郎は言うまでもなく洋画の作家です。これは美術史に携わる人間として非常に危険なことであると自覚はしているのですが、僕自身はわりとそういう「ジャンル」とか「ルール」とは無関係に作品を見たいという欲求があるんですね。"縛り"は必要だ、っていう発言と矛盾しますが、それはあくまで個々の作家が作品を作る段階での問題なので、結果としてできあがった作品は別である、と考えてしまう。現代の作家の評論を書くときも、だから歴史的にどうのこうのとか、あんまり書けないんですよ。理由は、「歴史」は他者に作られたものであって、それを語る人間によって姿を変えるから。責任を持って発言するには、大きな「歴史」ではなくて小さな「自分」を起点にするしかないんですね。たとえば松本介の作品でも、僕は「洋画」としてどうか、という風にはなかなか見られない。日本の油絵として、マチエールの格別美しい作品であるというのは承知の上で、それではないところで見ているという感覚がある。研究者としては甘い発言かなと思いますが、絵を見るって、最終的にはそういうことじゃないのかなと思うんですね。分析を超えたところにある。

 それで、イマジンのdrawerについても、これも人によって表出されるものが違うと思いますが、それで「日本画」の輪郭がということは、僕自身あんまり考えていません。って言うと問題があるのかな(笑)。そもそものお題として「日本画」があるわけではありますが、あくまでそれはきっかけでありたい。最終的に「日本画」の輪郭が出るかもしれないし、出ないかもしれない。けれども、これをきっかけとして、作家の思考に触れたいという気持ちがある。いい作家を知りたいし、いい作品を知りたい。
 こうしてやりとりをしているとつくづく感じますが、僕はリアクションで、市川さんはアクションなんです。これは批評や研究が前者であって、作品が後者である、ということと言い換えられると思いますが、僕は作品を作る側ではないし、できることは、いい作品に対して、今風に言えば、「いいね!」と言うことでしかない。僕はその「いいね!」の範疇の強度をどれだけ上げることができているかという点で、その真価が問われるんだと思う。あるいは、そういった作品が展開するきっかけを、言葉によって投げかけられるかどうか。
僕は、こういう言い方はつくづくどうかなと思いますが、いい作品が見たいだけなんですよ。そのために動いているから、イマジンも「日本画」を起点にしているけれど、特定のイデオロギーを持つ団体ではなくて、色々な人が集まって、色んな考えがある、そこから色んなものが生まれるような集まりにできたら理想だと思う。だから、厳密な意味でグループというのとは違うんですよね。市川さんは、その辺の意識として今後イマジンをどう考えていますか?まだ始まったばかりですけど。


第6信|市川裕司→小金沢智
2012/05/30 11:57

 いつも返答遅れてしまい申し訳ない。文章って難しいですね、いかに普段雑な言葉使いなのか思い知らされます。いまさらですが、文面がいろいろと酷いのはご了承ください。

 当然なのかもしれませんが、松本竣介にとっての盛岡のように育った土地環境や時代性なんかも作品に大きく影響してくるのでしょうね。いまは特に時代の回転が速いし、同じ小中学校出身でも3年も違えば話が噛み合ないことがよくあります。逆に出身が違えど同世代は共通の話題で盛り上がれちゃったり、情報化社会では良くも悪くも土地が少し味気なくなだらかになってきている気もします。

 時代の縦軸でみるというところですが、僕も自身のことで言えば、とにかくすごいって作品をつくることだけが最大の目的ではあります。画廊や美術館、公共施設、空間や企画によって制作の動機も変わり、そこから新しい構想やそれまでの自分になかった作品が生まれたり、様々な見聞から発想して自分の手で具現してみたくなる。やってることは単純につくることの楽しさを満喫、追求してゆく行為なのだと思います。その都度さまざまな制約や目的が少しずつ絡んできたりしますが、専ら最近は不自由さよりもルールとの葛藤に熱中しちゃいますね。そこに寄せるなら小金沢くんの気持ちもよくわかります。今回は個にスポットを当てていくわけだし、前提に大系的な狙いがあるわけじゃないですから。変な靴履いて歩き回られるより、あくまでも小金沢くんのアイデンティティを追求するのが正しいと思います。でもそうなるとリアクション側にも様々の視点が入ってくるとおもしろくなるかも知れませんね、多様な価値を拾い上げるという意味でも必要になってくるかと思いますが、いかがでしょう。

 今後ですか、正直「今」しか語れませんけど。
 実はイマジンの動機には裏があって、広い意味をもってやっていくために、立ち上げ文には敢えて盛り込んでいません。しかしながらそれが今僕が思う指針の軸なのだと思います。これはきっと自分が美大生や若手の作家に触れる機会がよくあることにも因るのですが、世代の移りとともに「日本画」が狭い、古い、面白くない、わからないといった声が次第に高まっているように感じ、そこには表現手段としての「日本画」への不信や失望、そして嫌悪や否定へと変わる現状もみられます。もちろん制作思考の転位とともに脱却したり、別の選択へ移るのは当然なことではありますが、背を向けずともやれることがあるんじゃないかなって。だから彼らよりちょっと先にいる作家の、制作のうちにある個人レベルでみた「日本画」の多様な認識から生まれた活路を、これから「日本画」に片足をつっこんでいく若い作家たちに見てもらいたいと思ったのです。だから作家から出てきたdrawerで帰結するのではなく、それを見たひとたちがどう思うのか、という所から始まる企画だとも思っています。その点でもイマジンは縦割りに継続していきたいし想像する主役はこの企画を見る人達なのだと思っています。

 まずはdrawerを通じて僕たちが各々再認識や発見をすることが重要なことで、上記は二次的なことでもあります。
 なので小金沢くんを含め参加してくれる作家たちと、集まったdrawerから今度はなにができるかを一緒に考えていきたいですね。


第7信|小金沢智→市川裕司
2012/05/30 21:21

 そうですね、僕はリアクション側ではあるけれども、なんでもありをよしとしているわけではないです。自分なりの美意識はあると思っているし、そういう自負もある。だから、このdrawerというかイマジンにしても、多分にして作家とぶつかることはあると思う。でもお互いそれを尊重しているから、こういうやりとりができる。僕はパーソナルを大事にしていると言いながら、一方で、それだけではどうなんだと思うことがある。それは、作品というものを、作家=個を創作の起点として大事に思いながら、そこに他者の視線がどれだけ入っているか、ということも大事にしたいから。個と他をぶつけ合うことでいい作品が生まれてくるんじゃないかと思っている。自分だけの世界なんて、本当に狭いものだと思いますよ。僕にとっては「普遍性」も、「個人の自由」もどちらも一方だけでは嘘くさい。優れた表現は、「個」から出発しながら、「他者」の要素も持ちつつ、それらを超えるところに行き着いていると思う。

 先ほどのメールで「今後」を聞きながらも、なぜ市川さんがイマジンをやろうと思ったか、その発端を僕は聞いてはいたけれど、こういう形で市川さんはしっかり言った方がいいんじゃないかなと思ったんですね。だから、返事が「今後」ではなくて「過去」であったとしても、こうして言葉にしてくれたことを嬉しく思います(笑)。
 若い世代が「日本画」 に対しての関心が薄れているということは、それだけ表現が多様化してきたということなのでしょう。カオスという言葉がふさわしい。でもここで、「日本画科」とかその対としての「洋画科」とか、厳密に言うとよくわからない言葉であるからこそ考えることっていうのは絶対あるはずだと思うんですよ。「日本画」ってなんだ? 「洋画」ってなんだ? そういうわからないからこその「屈折」が、創作にプラスに働くことがあるはずだと僕は思う。僕は日本美術史っていう「歴史」をやりながら、その「歴史」っていうものがよくわからないし、そもそも途中から信用できなくなって、でもだからこそ、まさぐりながら、自分なりのそれを知りたいと考える。そういう渇望の源泉みたいなものが、こういうわけわからない言葉の元にあって、それが自分を先に進ませてくれると思うんです。その可能性を僕は結構信じていて、イマジンが、完全な定義の元にできあがっていないということが、僕は、市川さんと一緒にこれをやろうと考える原因でもあった。最初の市川さんのテキストと今って、根本は同じかもしれないけど、結構違ったから。

 そろそろ、とっかかりの往復書簡としては終わりかなと思います。集まった段階で色々考えていきたいというのは僕もそうで、「日本画」に対する一つのポジティブなきっかけとして、イマジンを見てもらえれば有難いと思っている。ちょっと予定より遅れているけれども、610日くらいには、drawerの第1弾をアップしたいと思っています。現時点で見ているかぎりには、こっちのお題が少々漠然としていたのかなと思いもするけれども、個々でずいぶん解釈の幅があるものが送られてきている。それらは一律小金沢宅に送ってきてもらっているのですが、いずれまとめて展覧会にするとかZINEを作るとか、実際にお見せできる機会があればいいなと思いますね。データにするだけではもったいないものが届いていますよ。


第8信|市川裕司→小金沢智
2012/05/31 23:54

 イマジンを語る上でここまで終始「日本画」になるとは思ってもいなかったです。確かに最初の原稿はもう少し大枠の「日本画」を支点にテーマとしていたし、その後何度か大きく試行錯誤して「drawer」というひとつの具体的活動案が固まった最終原稿ものっけから「日本画」って言ってますからね。これだけ発しながらあまり意識してないのかな()
  そうだね、「個」でありながら「他者」をきちんと受け入れていかなくちゃいけない。drawerもいろんなケースが集まればお互いの「個」が「他者」によって見えてくる。そうすればいい意味で互いの理解にも繋がるのではないかな。まあ人間同士はそう一筋縄でいかないけど、できるだけお互いに懐出し合って、たまにはドンパチやるぐらいがいいかもね。ファインアートなんかはひとりで楽しんでいるように見られがちだけど、社会ではその自己責任をキープするために多くの人達と関わっていかなくちゃならない。決めるのは自分だけど判断するのは他人ですからね。外に出れば、楽しいことより苦労することもたくさんある。そういう現況を分かち合ってイマジンはみんなでつくっていきたいし、なるべく面白いものにしたいですね。
  今、打ち込んでいるのが五月の最終日でdrawerの初回の提出期限でもあります。drawerの起案には、実作品での展示はそれぞれ作品が発揮できる場でやることが望ましいとしており、かわりにウェブ上で公開というのは小金沢くんのアイデアでもありました。僕はまだ拝見していませんが、どうやら期待どおりのようですね。敢えて簡素な投げかけをして想像を引き出す。与えられた枠の中で考えるのではなく、枠そのものも想像しなきゃならない。見えない境界線へ意識を投じることは、特定の目的を捕らえることは難しくなるけども、想像を超えた何かに出会う可能性がうまれる。そういうのも「いいね!」って言える場所でありたいかな。例えば子供が何か見つけたとき必ずそれをもって見せに来たり、袖を引っ張られて連れて行かれたりしますよね。純粋に発見とか感動したことってやっぱり誰かに見てもらいたくて、よしんば共感してもらえたらにっこりしちゃうよね。そんなわけで、せっかくうちの小金沢が感激しているのですから何かお見せできる機会も検討しないといけませんね。
 ハードルも上がったところで、書簡も終了ですね。次回は新たな参加者たちも交えて盛り上げていきましょう!

0 件のコメント: