2011年10月7日金曜日

レビュー|「横須賀・三浦半島の作家たちⅠ 原口典之・若江漢字」

展覧会名|「横須賀・三浦半島の作家たちⅠ 原口典之・若江漢字」
会期|2011年2月11日(金)~4月10日(日)
会場|横須賀美術館

執筆者|宮田 徹也


Fig.1 展示室1 右・若江漢字《枝》、左・原口典之《Air Pipe》 画像提供:横須賀美術館

若江漢字(1944-、横須賀生まれ)と原口典之(1946-、横須賀生まれ)、出身と年齢が近似している以外、作風も活動もまったく一致しない二者であると私は思い込んでいたが、会場を後にして、その発想を転換した。

幾らベテランと言っても60代半ばの二人にとって回顧展は早すぎる。しかしながら、デビュー時から現在に至るまでの作品を共に押さえて出品した。


Fig.2 展示室2 若江漢字作品 画像提供:横須賀美術館


Fig.3 若江漢字《クリスタルナハト 9・11+11・9 連鎖》 画像提供:横須賀美術館

若江の作品は、若江自身と同様に饒舌だ。若江の作品ほど直観で理解できる美術はないであろう。《雷音》(1999年)に表れる木炭から原子力といった人類にとってのエネルギーの変遷、ボイス的社会との関わり、コンセプトの意味などを疑って作品に接すると、かえってその真意から外れてしまう。作品は若江の意図を明確に語っていくのだ。しかしその作品が説明的にならず作品として収まるのは、若江の卓越した造形力というよりもその思想が支えていると言ったほうが正確であろう。若江が写真からインスタレーションへ展開していく過程は、ボイスとの出会いというよりも時代の変遷に等しいということができる。若江は美術を「変容」させていこうと考えているのだ。当然、時代背景に合わせたり揺れ動かされていたりするのではないため「グローバル」ではない。飽くまで若江の世界観である。その上で重要な観点は、若江がビデオなどの映像に一切頼らず、徹底的に「モノ」であることだ。若江にとって写真、絵画すらも「モノ」である。すると、若江はこれからどのように展開していくのだろうか。


Fig.4 展示室2 原口典之作品 画像提供:横須賀美術館


Fig.5 展示室3 原口典之 work on canvas 画像提供:横須賀美術館

原口の作品もまた、原口同様に寡黙である。今回出品した作品群は、壁面のみを覆う。巨大な立体作品がなくても、全て原口の作品であることが理解できる。なぜか。作品のテクスチャがそうさせるのであろう。原口の作品を立体か平面かで認識すべきではない。そのどちらでもないのである。原口は、レディ・メイドを用いることで注目されてきた。しかし原口は工業用品を美術に持ち込むのではなく、いかなる素材であっても美術作品に「変容」させる力を持ち合わせているのである。そのため難解に思える作品を、見る者が様々な概念を捨て去って触れればその美しさが浮き彫りになる。《Tsumu 147》(1966年)と、《Tsumu 147-3》(2010年)を見比べるとよい。そこには造形や視覚に対する格闘よりも、イメージのテクスチャ化に重点が置かれているはずだ。その上で考えると、原口の作品には常に重力がある。重力があるというよりも、人間がいるといったほうが適切なのかもしれない。原口は、その人間をこれからどのように考察していくのであろうか。

このように発想すると、二者の「変容」と二者が歩んできた時代性の「変容」の共通項を見つけようとしたくなる。同世代の美術家も同じように「変容」を主題としてきたのか。その様なはずは無い。作家は個々の洞察から発想を導き出し、制作という過程を経て作品を完成させる。ここに共時的な素材をもって読み解くことは全く意味がない。それほどまでに、美術史という発想は貧しいのだ。

若江、原口といった、海外でも評価の高い立体を制作できる作家ですら、丁寧な研究はなされていない。80年代に批評家は消滅し、90年代には全国の公立美術館が揃い、今日に至るまで学芸員による精緻な調査研究も成されている。しかし、日本の現代美術の70年代は依然モノ派であり、80年代はインスタレーションである。この時期の作品を常設で見ることができる美術館も、皆無に等しい。個々の作品を捉え直す作業は、まだ始まってもいないのだ。この状況で今回、横須賀美術館で作品を見られることは何よりであった。このような展示がこれから増すことを私は期待している。