2010年6月24日木曜日

レビュー|ドミニック・エザール「移す」

展覧会名|ドミニック・エザール「移す」
会期|2010年4月13日(月)-4月27日(火)
会場|Gallery FURUYA

執筆者|宮田 徹也

ドミニック・エザール(Dominique He´zard)は1951年パリに生まれ、1978年ブレスト美術学校卒業、 1978~80年渡米、サンフランシスコで絵画と東洋文化を学び、1980~81年に日本滞在、書道を学び、1985~87年には文部省の奨学生として東京学芸大学で書道を専攻、以後、東京に在住するアーティストである。

日本で何度の引越しをしているのかは定かでないが、今回の展示は実際にドミニックが引っ越した際に廃材と化した素材を用いて空間を構成した。引き払う前に自宅で行ったインスタレーションが、そのモチーフになっているとドミニックは語る。

ギャラリー内には天井から幅1メートルはあろうか大きな雁皮紙が2枚張り巡らされ、庭にあった樹というが墨と筆で描かれている。三枚の畳にも雁皮紙が張られ、残りの三枚を含めた六枚の畳が壁、床に恣意的に配置されている。床にはアスファルトが転がり、畳がその上に載せられていたり、アスファルトが畳に載っていたりする箇所もある。白く塗装されているアスファルトもある。壁には人体ほどの木片も立てかけられている。その木を雁皮紙にフロッタージュした絵画作品が二枚、離れて壁に貼られている。訪れたものは畳に座ることが許されている。

ドミニックに話を聞くと、エスキースは一切描かず、閃いた素材を持ち込んで、画廊で配置を決めたという。その割には空間がびっしりと凝縮している感があった。サイトスペシフィックという特定の空間のために考察された案であっても、インスタレーションをこの場に持ち込んだ違和感はない。ドミニックという思想が中心にあり、それがここで一杯に広がっていったような空間である。

ドミニックは長い作家生活の中ではじめてビデオを使用し、モチーフを30分の映像として収め、この空間の壁面に投影した。晴れた日の和室、畳、障子、襖、床の間、縁側で風に揺れる和紙が接写で録画されている。この映像を見て、谷崎潤一郎の『陰影礼讃』を思い起こした。

「…けだし日本家の屋根の庇が長いのは、気候風土や、建築材料や、その他いろいろの関係があるのであろう。たとえば煉瓦やガラスやセメントのようなものを使わないところから、横なぐりの風雨を防ぐためには庇を深くする必要があったであろうし、日本人とて暗い部屋よりは明るい部屋を便利としたに違いないが、是非なくああなったのでもあろう。が、美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。事実、日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生れているので、それ以外に何もない。(中略)われわれは、それでなくとも太陽の光線の這入りにくい座敷の外側へ、土庇を出したり縁側を附けたりして一層日光を遠ざける。そして室内へは、庭からの反射が障子を透してほの明るく忍び込むようにする。われわれの座敷の美の要素は、この間接の鈍い光線に外ならない。われわれは、この力のない、わびしい、果敢ない光線が、しんみり落ち着いて座敷の壁へ沁み込むように、わざと調子の弱い色の砂壁を塗る。(中略)我等に取ってはこの壁の上の明るさ或はほのぐらさが何物の装飾にも優るのであり、しみじみと見飽きがしないのである。」(初出・1933年12月号、34年1月号「経済往来」、ここでは2000年中央文庫版から引用した。)

谷崎は建築の機能よりも「美」に添ったこと、この美とは「陰翳」であること、「ほのぐらさ」こそが装飾であることをここで述べている。ドミニックの展示にこれを当て嵌めるとどうであろう。機能よりも美を選択した点は当て嵌まる。映像には「ほのぐらさ」が残るとしても、展示全体を見渡すと、ここには「陰翳」という曖昧さは存在せず、「光と影」が、明確に分類されている。暗くした画廊に映像を投影することが、それを証明している。映像に映し出される「過去」と「現在」行われている展示は想像力の中で繋がれていても、「現実」では二分化されているのだ。

そして面白いことに、この映像によって空間に「影」は生まれないのだ。岡倉覚三が推奨した近代の「日本画」以前から、日本画に影が描かれることは滅多に無かった。西洋画では、中世から現代に至るまで「影」はくっきりと描かれている。SFを含めた現代の娯楽映画にさえも浮遊物の影を外すことは決してないのだ。

光もない、影もない、陰翳もない。これが今回の展示の最大の特徴である。これからドミニックがどのような作品を創り出していくのか。それは期待でも刺激でも在り得るのだ。


Fig.1 ドミニック・エザール「移す」(Gallery FURUYA)展示風景 Photo by 田中みどり
Courtesy of the artist and Gallery FURUYA


Fig.2 ドミニック・エザール「移す」(Gallery FURUYA)展示風景 Photo by 田中みどり
Courtesy of the artist and Gallery FURUYA


Fig.3 ドミニック・エザール「移す」(Gallery FURUYA)展示風景 Photo by 田中みどり
Courtesy of the artist and Gallery FURUYA


Fig.4 ドミニック・エザール「移す」(Gallery FURUYA)展示風景 Photo by 田中みどり
Courtesy of the artist and Gallery FURUYA


Fig.5 ドミニック・エザール「移す」(Gallery FURUYA)展示風景 Photo by 田中みどり
Courtesy of the artist and Gallery FURUYA

【ドミニック・エザール略歴】(Gallery FURUYA webより転載)
個展
2010 「移す」Gallery FURUYA/東京
「剥―復」ギャラリー・オンブル・エ・ルミエール開廊20周年記念/シャトー・ド・ラ・ブリアン/サンマロ・フランス (予定) マリ・セガラン(ダンス), 吉野弘志(ウッドベース), ヒグマ春夫(映像), 木村破山(書家), エリック・ブロー(絵画)とのコラボレーション
2008 「ズレ」 Gallery FURUYA/東京
「雨戸」 ポラリス・ジ・アートステージ/鎌倉・神奈川 マリ・セガラン(ダンス), 吉野弘志(ウッドベース), ヒグマ春夫(映像)とのコラボレーション
2006 ギャラリー・オンブル・エ・ルミエール/サンマロ ・ フランス マリ・セガラン(ダンス)とのコラボレーション
2005 ギャラリー・オンブル・エ・ルミエール/サンマロ ・ フランス
2004 ギャラリーGALA/東京
2003 西本ビル再生プロジェクト1/和歌山
2000,02 ギャラリー・セガラン/サンマロ ・ フランス 
2000 双ギャラリー/東京
1998 「ハイブリット・アジア」ギヤラリー上田/東京トウキョウ
「ドミニック・エザールと四人の文人」堀田善衛, 中村 真一郎, 大岡信, 高橋治/ギヤラリー上田/東京
1997 ギャラリー・イコン/レンヌ・ フランス
1995 エスパス・ジャポン/パリ ・ フランス 
アレニコル アートスペース/ブレスト ・ フランス 
1993 ギヤラリー上田デコール/東京
1992 アートスペース モーブ/神戸  
1991, 93, 97, 05 ギャラリー・オンブル・エ・ルミエール/レンヌ ・ フランス
1989, 90, 92 アートスペース モーブ/神戸
1989 「榊臭山とドミニック・エザール」ギヤラリー上田/東京
1988 トリアングル カルチヤーセンター/レンヌ ・ フランス
1987 ギヤラリー上田ウェアハウス/東京
1983 グラン・コルデ カルチャーセンター/レンヌ ・ フランス
1981 日辰画廊/東京

グループ展
2008 現代美術作家5人の表現 "人と空気の変容展" 臨済宗大本山 円覚寺境内/神奈川・鎌倉
2000 アトリエ・デスティエヌ/ポンスコールフ ・ フランス
1998 FIAC SAGA (ギャルリ・ゴチエ)/パリ ・ フランス 
1997 ギャラリー・アールテム/カンペール ・ フランス
1989 フランス革命200周年記念 アレニコール “青、白、赤(動く)"/ ブレスト ・ フランス
1983 アート プロウィゾワール/ル・マン ・ フランス
1982 アート プロスペクト “広告塔に14人”/レンヌ ・フランス

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