2010年6月24日木曜日

レビュー|ドミニック・エザール「移す」

展覧会名|ドミニック・エザール「移す」
会期|2010年4月13日(月)-4月27日(火)
会場|Gallery FURUYA

執筆者|宮田 徹也

ドミニック・エザール(Dominique He´zard)は1951年パリに生まれ、1978年ブレスト美術学校卒業、 1978~80年渡米、サンフランシスコで絵画と東洋文化を学び、1980~81年に日本滞在、書道を学び、1985~87年には文部省の奨学生として東京学芸大学で書道を専攻、以後、東京に在住するアーティストである。

日本で何度の引越しをしているのかは定かでないが、今回の展示は実際にドミニックが引っ越した際に廃材と化した素材を用いて空間を構成した。引き払う前に自宅で行ったインスタレーションが、そのモチーフになっているとドミニックは語る。

ギャラリー内には天井から幅1メートルはあろうか大きな雁皮紙が2枚張り巡らされ、庭にあった樹というが墨と筆で描かれている。三枚の畳にも雁皮紙が張られ、残りの三枚を含めた六枚の畳が壁、床に恣意的に配置されている。床にはアスファルトが転がり、畳がその上に載せられていたり、アスファルトが畳に載っていたりする箇所もある。白く塗装されているアスファルトもある。壁には人体ほどの木片も立てかけられている。その木を雁皮紙にフロッタージュした絵画作品が二枚、離れて壁に貼られている。訪れたものは畳に座ることが許されている。

ドミニックに話を聞くと、エスキースは一切描かず、閃いた素材を持ち込んで、画廊で配置を決めたという。その割には空間がびっしりと凝縮している感があった。サイトスペシフィックという特定の空間のために考察された案であっても、インスタレーションをこの場に持ち込んだ違和感はない。ドミニックという思想が中心にあり、それがここで一杯に広がっていったような空間である。

ドミニックは長い作家生活の中ではじめてビデオを使用し、モチーフを30分の映像として収め、この空間の壁面に投影した。晴れた日の和室、畳、障子、襖、床の間、縁側で風に揺れる和紙が接写で録画されている。この映像を見て、谷崎潤一郎の『陰影礼讃』を思い起こした。

「…けだし日本家の屋根の庇が長いのは、気候風土や、建築材料や、その他いろいろの関係があるのであろう。たとえば煉瓦やガラスやセメントのようなものを使わないところから、横なぐりの風雨を防ぐためには庇を深くする必要があったであろうし、日本人とて暗い部屋よりは明るい部屋を便利としたに違いないが、是非なくああなったのでもあろう。が、美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。事実、日本座敷の美は全く陰翳の濃淡に依って生れているので、それ以外に何もない。(中略)われわれは、それでなくとも太陽の光線の這入りにくい座敷の外側へ、土庇を出したり縁側を附けたりして一層日光を遠ざける。そして室内へは、庭からの反射が障子を透してほの明るく忍び込むようにする。われわれの座敷の美の要素は、この間接の鈍い光線に外ならない。われわれは、この力のない、わびしい、果敢ない光線が、しんみり落ち着いて座敷の壁へ沁み込むように、わざと調子の弱い色の砂壁を塗る。(中略)我等に取ってはこの壁の上の明るさ或はほのぐらさが何物の装飾にも優るのであり、しみじみと見飽きがしないのである。」(初出・1933年12月号、34年1月号「経済往来」、ここでは2000年中央文庫版から引用した。)

谷崎は建築の機能よりも「美」に添ったこと、この美とは「陰翳」であること、「ほのぐらさ」こそが装飾であることをここで述べている。ドミニックの展示にこれを当て嵌めるとどうであろう。機能よりも美を選択した点は当て嵌まる。映像には「ほのぐらさ」が残るとしても、展示全体を見渡すと、ここには「陰翳」という曖昧さは存在せず、「光と影」が、明確に分類されている。暗くした画廊に映像を投影することが、それを証明している。映像に映し出される「過去」と「現在」行われている展示は想像力の中で繋がれていても、「現実」では二分化されているのだ。

そして面白いことに、この映像によって空間に「影」は生まれないのだ。岡倉覚三が推奨した近代の「日本画」以前から、日本画に影が描かれることは滅多に無かった。西洋画では、中世から現代に至るまで「影」はくっきりと描かれている。SFを含めた現代の娯楽映画にさえも浮遊物の影を外すことは決してないのだ。

光もない、影もない、陰翳もない。これが今回の展示の最大の特徴である。これからドミニックがどのような作品を創り出していくのか。それは期待でも刺激でも在り得るのだ。


Fig.1 ドミニック・エザール「移す」(Gallery FURUYA)展示風景 Photo by 田中みどり
Courtesy of the artist and Gallery FURUYA


Fig.2 ドミニック・エザール「移す」(Gallery FURUYA)展示風景 Photo by 田中みどり
Courtesy of the artist and Gallery FURUYA


Fig.3 ドミニック・エザール「移す」(Gallery FURUYA)展示風景 Photo by 田中みどり
Courtesy of the artist and Gallery FURUYA


Fig.4 ドミニック・エザール「移す」(Gallery FURUYA)展示風景 Photo by 田中みどり
Courtesy of the artist and Gallery FURUYA


Fig.5 ドミニック・エザール「移す」(Gallery FURUYA)展示風景 Photo by 田中みどり
Courtesy of the artist and Gallery FURUYA

【ドミニック・エザール略歴】(Gallery FURUYA webより転載)
個展
2010 「移す」Gallery FURUYA/東京
「剥―復」ギャラリー・オンブル・エ・ルミエール開廊20周年記念/シャトー・ド・ラ・ブリアン/サンマロ・フランス (予定) マリ・セガラン(ダンス), 吉野弘志(ウッドベース), ヒグマ春夫(映像), 木村破山(書家), エリック・ブロー(絵画)とのコラボレーション
2008 「ズレ」 Gallery FURUYA/東京
「雨戸」 ポラリス・ジ・アートステージ/鎌倉・神奈川 マリ・セガラン(ダンス), 吉野弘志(ウッドベース), ヒグマ春夫(映像)とのコラボレーション
2006 ギャラリー・オンブル・エ・ルミエール/サンマロ ・ フランス マリ・セガラン(ダンス)とのコラボレーション
2005 ギャラリー・オンブル・エ・ルミエール/サンマロ ・ フランス
2004 ギャラリーGALA/東京
2003 西本ビル再生プロジェクト1/和歌山
2000,02 ギャラリー・セガラン/サンマロ ・ フランス 
2000 双ギャラリー/東京
1998 「ハイブリット・アジア」ギヤラリー上田/東京トウキョウ
「ドミニック・エザールと四人の文人」堀田善衛, 中村 真一郎, 大岡信, 高橋治/ギヤラリー上田/東京
1997 ギャラリー・イコン/レンヌ・ フランス
1995 エスパス・ジャポン/パリ ・ フランス 
アレニコル アートスペース/ブレスト ・ フランス 
1993 ギヤラリー上田デコール/東京
1992 アートスペース モーブ/神戸  
1991, 93, 97, 05 ギャラリー・オンブル・エ・ルミエール/レンヌ ・ フランス
1989, 90, 92 アートスペース モーブ/神戸
1989 「榊臭山とドミニック・エザール」ギヤラリー上田/東京
1988 トリアングル カルチヤーセンター/レンヌ ・ フランス
1987 ギヤラリー上田ウェアハウス/東京
1983 グラン・コルデ カルチャーセンター/レンヌ ・ フランス
1981 日辰画廊/東京

グループ展
2008 現代美術作家5人の表現 "人と空気の変容展" 臨済宗大本山 円覚寺境内/神奈川・鎌倉
2000 アトリエ・デスティエヌ/ポンスコールフ ・ フランス
1998 FIAC SAGA (ギャルリ・ゴチエ)/パリ ・ フランス 
1997 ギャラリー・アールテム/カンペール ・ フランス
1989 フランス革命200周年記念 アレニコール “青、白、赤(動く)"/ ブレスト ・ フランス
1983 アート プロウィゾワール/ル・マン ・ フランス
1982 アート プロスペクト “広告塔に14人”/レンヌ ・フランス

2010年6月15日火曜日

レビュー|内倉ひとみ個展「Lumière」

展覧会名|内倉ひとみ個展「Lumière」
会期|2010年4月7日(水)-19日(月)
会場|麻布十番ギャラリー

執筆者|宮田 徹也

1980年代から活躍し、国内外で多くの実績を誇る内倉ひとみが個展を開催した。出品した作品タイトル別に《Lumière》(紙、エンボス、切り抜き、クリアコーティング)が14点、《Émerveillé》(紙、プリント、切り抜き,アクリルミラー)が4点、《輝く細胞》(凹レンズ、FRP、革、鏡)が3点、合計21点である。《Lumière》は2010年制作の各114x200cmの四枚組1点と 35x35cmが4点、2009年制作の各114x200cmの3枚組が1点と68x90cmが1点、52.5x90cmが2点、30x52cmが2点、34x25cmが3点である。《Émerveillé》と《輝く細胞》は総て2010年制作である。前者は皆27x20cmのシートサイズと同じサイズで展開しているが、後者は14x15x16cm、15x15x14cm、20x22x20.5cmとサイズがそれぞれ異なる。

同一のタイトル作品が並ぶことが示すとおり、内倉はインスタレーション的展示を目論んでいると言える。天井の高い麻布十番ギャラリーは、《Lumière》で満たされていた。入り口向かって右の壁面は新作の四枚組が天井から吊るされ、左の壁面の横に伸びる柱の上部には2009年の三枚組が並んでいる。下部には《Émerveillé》が床置きされている。空間を充実させた展示方法と言える。一階事務所前、階段壁面、二階展示室にも作品が散りばめられている。どこに身を置いても眩い白が眼に飛び込んでくる。白というよりも切り抜かれている為か、透過する作品にも見える。透明であるにも関わらず、有機的な印象を受けるのは素材が紙=植物=生き物という、我々に近い存在を最小限の手順で作品と化したせいなのか。私が訪れたのは昼間であったため、外光が画廊一杯に差込み、《輝く細胞》がその光を反射していた。夜に訪れたのであれば、四枚組、三枚組の作品の足元に設置されている蛍光灯が光を放ち、また違った表情を浮かべたのであろう。

《Lumière》の制作方法は、一枚の紙に掌に収まる様々なサイズの円で浮彫加工し、円の隙間を切り抜いてクリアコーティングを施しているのではないかと憶測することが出来る。新作の《Émerveillé》は、この作品の裏にアクリルミラーをこちらに向けて配置したものだ。それにより、更に輝きを増している。立体の《輝く細胞》は僅かであっても光を乱反射し、内倉によると「加工された光」であり「光の小さな粒が私たちに降り注ぐ、と同時に私たちの体内にも光が宿っているのではなかろうか。」という(内倉ひとみweb http://www.k4.dion.ne.jp/~hitomi_u/index.html)。

《Lumière》、若しくは《Émerveillé》に表れる円を、内倉が《輝く細胞》で語るような「光」と見ることも、泡や雫といった水のイメージ、シャボン玉や雲といった空気のイメージと捉えることも可能であろう。

内倉はこの展覧会に際して、以下のようなコメントを残している(同web)。「作品Lumièreの光と人の体内に潜む光の粒が呼応する。人の光は輝きを取り戻し、活性する。体内の光を呼びおこす=生(=一瞬)が輝く」。

《Lumière》、若しくは《Émerveillé》をぼんやりと見詰めていると、円が盛り上がっていると思い込んでいたところが突如、窪んで見える。窪んでいると思えば盛り上がって見える。この視覚を繰り返していくと、最早盛り上がっているのか窪んでいるのかが認識不可能になる。この視覚の変化もまた、内倉の言う「呼応」なのかも知れない。

内倉のコメントにある「光」を「闇」に置き換えても、この視覚は成立するであろう。ここでいう「闇」とは、モノが生み出す「影」や人間の内面に存在する「翳」という消極的な印象のものではない。光が当たらない場所の「陰」である「闇」を指す。《Lumière》はモノであるから、光が当たり、影が生まれる。これを反転させる意味でもない。内倉はあくまで白い作品を「光」であると譬えている。

闇と体内に潜む闇の粒が呼応し、活性する。このような見解が可能なのは、それだけ内倉の作品が一元的だからだ。内倉の「光」には「闇」を含んでいない。「闇」とすれば「光」を含まないように。一元論的作品であるにも関わらず見る者が窒息しないのは、一元論すらも含んでいない、絶対な存在に成り得るからかもしれない。否、「絶対」という原理すらも超えている、或いは初めから持ち合わせていないのかも知れない。

それでも私が闇にこだわる理由は、この一元論に「匿名性」を感じるからだ。作品の特質、タイトル、展示方法、総てが《Lumière》という名の下にある匿名だ。この匿名性が、近代美術が抱える天才主義に対する答えであると言い切ることが出来ない。内倉が過ごしてきた80年代から現代までの美術の動向には、近代を超克する挑戦が大きく渦巻いていたのである。

そのような動向の中で内倉が現代に何故このような作品を制作し、インスタレーション的な展示方法を選んでいるのか。そのように考えると、内倉の展示方法は「インスタレーション」ではないのかも知れない。「絶対」や「匿名性」を感じるのは、見る此方側の現代的な問題だ。作品と見る者が持つ彼岸と此岸の関係は、常に莫大な時間と思考を要する。この問題に対する思索を怠らないようにすれば、「インスタレーション」とは何か、何だったのかという問題に立ち返り、そこから現代の内倉の作品に向かい合うことも可能になる筈だ。


Fig.1 《瞬く細胞》(凹レンズ・FRP・革・鏡、14x15x16cm、2010) 撮影:内倉ひとみ


Fig.2 内倉ひとみ個展「Lumière」(麻布十番ギャラリー)展示風景 撮影:内倉ひとみ


Fig.3 《Lumière 3枚組》(紙・エンボス・切り抜き・クリアコーティング、各114x200cm、2009)
撮影:内倉ひとみ


Fig.4 《Lumière 4枚組》(紙・エンボス・切り抜き・クリアコーティング、各114x200cm、2010)
撮影:内倉ひとみ


FIg.5 《Émerveillé》(紙・プリント・切り抜き・アクリルミラー、27x20cm[シートサイズ]、2010) 
撮影:内倉ひとみ

【内倉ひとみ略歴】(「内倉ひとみweb」より転載)
1956 鹿児島県に生まれる
1980 多摩美術大学絵画科日本画専攻卒業
1982 多摩美術大学大学院芸術研究科修了
現在 栃木県那須町在住

受賞 設置
1985 渋谷丸井本店壁画制作、東京
1988 第1回「サンバースト空間アート大賞展」準大賞、日の丸自動車学校、東京
2000 「Angel Dew-天使のみずのみ」設置、霧島アートの森、鹿児島
2003-2004 文化庁新進芸術家派遣海外研修制度によりフランスに派遣される
2003-2004 シテ・インターナショナル・デ・ザールに滞在
2005 「光の花」設置、エレガーノ神戸、兵庫
2006 シテ・インターナショナル・デ・ザールに滞在
2007 ふじみ野駅前広場モニュメントコンペ準大賞、埼玉

個展
1982 スタジオ4F、東京
1983 ギャラリー・パレルゴン、東京
1984 銀座絵画館、東京
1985 スタジオ4F、東京
1986 鎌倉画廊、東京
1988 真木画廊、東京
    お茶の水画廊、東京 
鹿児島県文化センター、鹿児島
ギャラリーバー・ハイネケン、東京
社団法人日本外国特派員協会、東京
1989 アトリエ・アリス、神奈川
お茶の水画廊、東京
1990 ファインアート柊木、鹿児島
ゆとりギャラリー、横浜
1991 アートギャラリーK2、東京
ファインアート柊木、鹿児島
1992 ジーン・コンテンポラリー・アートスペース、埼玉
ギャラリー古川、東京
1994 日本画廊、東京
1995 真木田村画廊、東京
4℃、東京
アートスペース・ジーン、埼玉
1996 ギャラリー川野、鹿児島
お茶の水画廊、東京
「真昼の星空」 タケダエキジビットハウス、神奈川
1997 日本画廊、東京
1999 「HIKARI-大切な記憶」アートギャラリー閑々居、東京
「HIKARI-こどもの心にもどって・・・。」香染美術、東京
「HIKARI-湧きあがる記憶」アンテーヌ、神奈川
2001 「輝く細胞」TEPCO銀座館プラスマイナスギャラリー、東京 
「湧きあがる記憶」アンテーヌ、神奈川
2003 「光MAMIRE」アートギャラリー閑々居、東京
2004 「Numbers」シテ・インターナショナル・デ・ザール、パリ、フランス
2005 「内倉ひとみのアトリエ」アートギャラリー閑々居、東京
2006 「光の未発に」アートギャラリー閑々居、東京
「Lumiére」スペース・ベルタンポアレ、パリ、フランス
「Lumiére」ギャラリー・ブレーマー、ベルリン、ドイツ
「光のチャペル」ムゼカラカラ、神奈川
2008 「幻の影」マキイマサルファインアーツ、東京
2009 「踊る光」 Exhibit Live & Moris gallery、東京
「光・みつめる」 プラザギャラリー、東京

グループ展
1981 「表現の多様性展Ⅱ」、多摩美術大学大学院、東京
1982 4人展(久保裕、タナカケンジ、渡辺薫と)、Studio4F、東京
1983 「饗宴・第2回-巨大な絵画による」名古屋市博物館、愛知
1984 2人展(奥野穂と)、銀座美術倶楽部、東京 
「身辺からの飛翔-芸術おもちゃ+図工少女+地球上の光景」名古屋造形芸術短期大学Dギャラリー、愛知
第1回「Tama Vivant '84 戯れなる表面」多摩美術大学八王子キャンパス、 東京
第1回「Tama Vivant '84 戯れなる表面」西武百貨店八王子店7階特設会場、東京
1985 3人展(海老塚耕一、戸谷成雄と)、Soo Gallery、大邸、韓国
第5回「ハラアニュアル」原美術館、東京
「身辺からの飛翔-芸術おもちゃ+図工少女+地球上の光景」NEWS、東京
「さまざまな眼」4(菅野由美子、吉澤美香と)、かわさきIBM市民文化ギャラリー、神奈川
1986 「明日への造形-九州 第6回色彩の豊饒」福岡市美術館、福岡
「正しい発音」NEWS、東京
1987 8人による小品展、スペース遊、東京
8人による連続2人展、スペース遊、東京
1988 「Spiral Take Art Collection 1988」スパイラルガーデン、東京
山口の現代美術Ⅴ「ニュー・ジャパニーズ・スタイル・ペインティング」山口県立美術館
Artist Works、ルナミ画廊、東京
1989 「アートエキスポ・ニューヨーク」ジェイコブ・ジャヴィッツ・コンベンションセンター、ニューヨーク、アメリカ
「Reflection Part 3-階段展」新宿文化センター、東京 
Japanese Contemporary Art in 80's「90年代へのプロローグ」ハイネケンヴィレッジ、東京
第1回「風の芸術展」南溟館、鹿児島
「現代のヒミコたち-新しい造形を求めて」イムズ、福岡
「16人の女性アーティストによる新・造形展」ニッケ・コルトンプラザ、千葉
「Spiral Take Art Collection 1989」スパイラルガーデン、東京
1990 「A Little Presence Ⅰ」アトリエMIU、神奈川
「MM21ストリート・ギャラリー」みなとみらい21地区、神奈川
1991 「神奈川アートアニュアル'91」神奈川県民ホールギャラリー
1992 「A Little PresenceⅡ-立ちあがるかたち」お茶の水画廊、東京
「九州現代彫刻展'92in みぞべ」鹿児島空港及びその周辺
「Heart E アートTシャツ展」ダズゲニー・デザインオフィス、東京
1993 「アートライブ'93」鹿児島市立美術館
1994 「アートライブ'94」鹿児島市立美術館
「最も気持ちよい”色”と”形”のためのフレーム展-making Folklore」スペース・リンク、東京
1995 「アートライブ'95」鹿児島市立美術館
「ハーモニーウィーク-女性たちのアートスペース」旧鹿児島地方気象台
第4回「風の芸術展-まくらざきビエンナーレ」南溟館、鹿児島
第16回「インパクトアートフェスティバル'95、京都市美術館、京都
1996 「アートライブ'96」鹿児島市立美術館
1997 「早春の会」アートギャラリー閑々居、東京
「メッセージ'97」都城市立美術館、宮崎
2000 第1回「ボックス美術館ストリート展」SK画廊他、杉並区界隈、東京
「メビウスの卵展2000」千曲川ハイウェイミュージアム他、長野
2001 「Reflection 13-とうきょう21展」ギャラリー・サカ、東京
「Buzz Club - News from Japan」P.S.1 コンテンポラリー・アートセンター、ニューヨーク、アメリカ
「メビウスの卵展」O美術館、東京、他
「Box美術館ストリート展」杉並区役所他、杉並区界隈、東京
「箱イリ美術」刈谷市美術館、愛知
「アート!新スタイル-かごしまの作家-かかわりの世界観」鹿児島市立美術館 
2003 「メビウスの卵展」せんだいメディアテーク、宮城
2004 グループ展、シテ・インターナショナル・デ・ザール、パリ、フランス
「造形作家たちの週末」パリ4区役所、パリ、フランス
2005 多摩美術大学校友会「小品展2005」文房堂ギャラリー、東京
2006 多摩美術大学校友会「小品展2006」文房堂ギャラリー、東京
2007 多摩美術大学校友会「小品展2007」文房堂ギャラリー、東京
2008 「Tama Vivant Ⅱ-イメージの種子」 多摩美術大学八王子キャンパス、東京
「Tama Vivant Ⅱ-イメージの種子」みなとみらい駅地下3階コンコース、神奈川
アート農園「表層の冒険者たち2008 パート1」ギャラリーいしだ、東京
觀海庵落成記念コレクション展「まなざしはときをこえて」ハラミュージアムアーク、群馬
2009 アート農園「表層の冒険者たち2008」エキジビット・ライブ・アンド・モリス画廊、東京
「THE LIBRARY」 静岡アートギャラリー、静岡

コンサート・インスタレーション
2007 IIDA音楽と美術シリーズ-サロンコンサート、ハシモトハウス、茨城
2008 「より深く より心豊かに」浴風園多目的コミュニティホール、東京 (創る:内倉ひとみ、歌う:渡辺早織、語る:金山秋男)
「イザナギあるいはオルフォイス-動きと空間のためのパフォーマンス」 早稲田大学小野記念講堂、東京(レクチャー:クリスチーネ・イヴァノヴィッチ、作曲・打楽器:久保摩耶子、 ハープ:平野花子、舞:中川真澄、インスタレーション:内倉ひとみ)
2009 「イザナギあるいはオルフォイス-音を見る・絵を聞く-久保摩耶子の音楽をとおして」クルトゥワハウス ミッテ、ベルリン、ドイツ (作曲・打楽器:久保摩耶子 ハープ:カタリナ ハンステッド ダンス:カセキ ユウコ インスタレーション:内倉ひとみ)

ワークショップ
1985 「素材との出会い展-紙と造形」Part1、こどもの城造形スタジオ、東京
2005 「ペヌエル?光の探検隊」烏山聖マリア幼稚園、栃木
2006 「みんなあつまれ!県美の夏祭り お化け屋敷」栃木県立美術館
第15回「わたしの企画、応援します!」アートワンダーランド、カスミつくばセンター、茨城

パブリックコレクション
都城市立美術館
霧島アートの森
原美術館
ワコールアートセンター

2010年6月10日木曜日

レビュー|勝又豊子「surface―」

展覧会名|勝又豊子「surface」
会期|2010年4月12日(月)~24日(土)
会場|ギャラリー現

執筆者|宮田 徹也

会場に入ると中央に黒い鉄で造られた四つの平台が置かれている。その長方形が隙間なく並べられることによって、人体ほどの正方形を作る。成人が直立して肘を曲げ無理なく掌を置ける高さだ。中には白い紙にピンクの極細ペンで描かれたドローイングが隅から隅まで渦巻いている。四枚は連続しているように見えるが連なってはいない。筆力も速度も一定に保たれた線は、この黒い箱の中で沈黙している。

左を見ると、一枚あたり50×80cm程の両手で抱えられるほどの写真が、4×2枚で横長の長方形を形成している。サイズ上での平台との関わりは薄い。平台の表面に映り込む効果もない。黒いフレームに囲まれた写真はそれぞれ、シャッターが閉まり、外光が零れない窓に囲まれた暗い倉庫の前で、人体または人体の影が一人、佇んでいる状況を描いている。

視線を右の壁にずらしていくと、膝より若干下の高さに、掌サイズの小さなモニターの中で一つの瞳が瞬きを繰り返す。

更に視線を右に向けると、奥まった壁面の顔と同じ高さに、片手で持てる大きさの30×50cm程の、写真が展示されている。黒いフレームに囲まれ、その右辺下部に、滞ったオレンジの液体が入っている試験管が設置されている。人体の後頭部の写真を見詰め続けると、正面を向いた顔の写真が浮かび上がる。即ち、二重写しになっている。

この作品から視線を右に移すと、50×30cm程の、皮膚の写真が展示されている。同じく黒いフレームに囲まれ、同位置に白乳の液体が入る試験管が設置されている。

勝又豊子(1949~)によるとこの5つの作品がsurfaceを成し、ピンクに見える極細ペンの色は赤であり、血とか、体のなかの色を象徴しているという。

この空間に身を置くと、「見る/見られる」、「内部/外部」、「皮膚/内臓」、「肉体/精神」「現実/幻想」「作品/鑑賞」といった、二項対立を全く感じない。かといって、いわゆる「インスタレーション」という、空間を異化する作品であるとも言えない。その原理を更に推し進めた「サイト・スペシフィック」でないことも前提となる。それはそれぞれの作品のサイズと位置に、厳密な約束事を感じないからだ。

するとこの作品群をどのように解釈すべきだろうかという問題よりも、個々の作品が本当にペンで描かれたものなのか、写真で撮られたものなのかといった根源的な疑問が生まれてくる。

勝又の作品は「鉄という素材と人体とを原理的に峻別し、むしろ両者の対比を意図する」(谷川渥(『勝又豊子作品集』1、スタジオK、2003年))、「「自然と女性」の概念的な関係性を表出」(コレット・チャタパァタイ(同))、「私と同時に他者の身体のひろがりの直感」(高木修(同))、「彼女が身体とは正反対のような素材を用いてきたのは、人の身体の直接性や生なましさにある種の枠をはめるためだった」(千葉成夫(同))という観点で評価されてきた。

ここにある眼差しは「人体と鉄」といった二項対立と、写真を「皮膚を撮る為の手段」という認識だ。それを「触視的(谷川渥(同))」、「体感」(千葉成夫(同))、「眼で触れる」(平野到(同))といった観点で考察する。

私はこのような認識をSurface=表面、うわべと解釈する。皮膚の写真を皮膚の写真と見ないこと、鉄を鉄と見ないこと、紙のドローイングを紙のドローイングと見ないこと、このような視点を課して、もう一度作品と向き合ってみる。

ドローングに行為の痕跡は残されていない。写真の人体は認識できない。小さな瞳は何も見ていない。人体の頭部は前後二重写しであるからこそ、どちらでもない。皮膚の写真に、生命感が宿っていない。両作品の試験管に入っているものは物質である。するとここには、人間がいないことになる。

我々は人間が写っているにも関わらず、人間のいない空間で、人間を「探そう」としている。

それでも勝又は人間を描こうとしている。その査証となるのは、人間が死滅した世界、物質化された人体、文明/科学批判、思想運動、人間の営みを忌み嫌う要素が全く見られないためだ。

つまりここには人間が溢れていることになる。それを探そうとすればするほど見つからない。ではどのようにすれば人間を感じられるのか、その人間とはどのような人間なのか。

それは単純に、美術史にある「視覚論」を拭い去ればいいだけの話だ。遠くに人がいる、後ろに人がいる、あの建物に人がいると意識もせずに感じ取ることは日常の中でのありきたりの出来事である。それがどのような人格を持ち、どのように自己に関わっていたのか、いるのか、くるのかなど、その時々に考えることがあるだろうか。すれば「触覚」や「動作」なども必要なくなる。

私たちは人間に囲まれて生きている。それに歴史性があろうと、秘められた物語があろうと、権力者にコントロールされようと、そこから逃れることができない。そのような単純なことを、勝又の作品が教えてくれるのではないだろうか。

この世界でどのように生きるのか。それこそそれは見る者に託されている。あらゆる美術作品が発する問いと同じく。


Fig.1 勝又豊子「surface」(ギャラリー現)展示風景 撮影:宮田絢子


Fig.2 勝又豊子「surface」(ギャラリー現)展示風景 撮影:宮田絢子


Fig.3 勝又豊子「surface」(ギャラリー現)展示風景 撮影:宮田絢子


Fig.4 勝又豊子「surface」(ギャラリー現)展示風景 撮影:宮田絢子


Fig.5 勝又豊子「surface」(ギャラリー現)展示風景 撮影:勝又豊子

*2010年6月24日改訂