会期|2010年4月5日(月)-4月17日(土)
会場|gallery K
執筆者|宮田 徹也
1974年から作家活動を開始した内海信彦は、1988年の個展(ぎやらりいセンターポイント)から「Innerscape」という造語を使用し、現在に至っている。作品一つ一つに題名を付けずに、展覧会の総体を「Innerscape」とする。今回展示された八曲一双の屏風、2m×1mを超す3枚の巨大絵画、17点の小型絵画も同様である。
「Innerscape」を端的に記しているのは、1989年のヒルサイドギャラリーにおける個展のカタログに掲載されているマニフェストであろう。「ゆらぎの内につつみこまれている形態は、/あたかも既視感の光景が姿をあらわすのにも似て、/ある日、忽然と顕現してくる。/私が画面のなかに目撃するそれらの光景は、/おそらく、ミクロの宇宙からマクロの宇宙を突き通し、/過去と未来をつつみこんでいる永劫の自然のシステムが、等身大の画面のうちに顕現させる/可視のすがたの一端に他ならないだろう。/自然のシステムが内蔵している/形態形成力によってあらわれたその形態は、/私の知覚振動に深く共鳴した時、/私の内に潜勢している太古からの記憶を蘇生させ、/未来への既知感を触発する。/私は、この自然のシステムに限りない憧憬と畏怖を深く感じている。/そして始原なるものの原姿に溯及することに、/想いをよせている。」
ミクロからマクロへの宇宙という空間と、過去から未来へという時間を包み込んでいる自然のシステムが自己の知覚と深く共鳴した時に形態が顕現してくる。内海のこの思想は、ペルー国立博物館(1997、99年)、ポーランド国立ヴロツワフ美術館(2000年)の個展を経て「20世紀へのレクイエム」と、多元化する宇宙をテーマにした「Multiverse」シリーズに至りついた。「20世紀へのレクイエム」のうち、アウシュヴィッツを主題とする作品群を着想し始めた時期はこの頃だろう。
今回の展示も2009年のgallery Kの個展に引き続き、今回も小品は「Multiverse」シリーズ、屏風と巨大絵画はアウシュヴィッツを主題としている。このアウシュヴィッツを主題としている作品に焦点を絞ろう。
2009年のカタログで三田晴夫は以下のように書いている。「…ところで予期しなかった今回の驚きというのは、新作の画面にかつてなかった黒い人物像が出現していたことであった。絵の具を浴びたモデルによる人拓だそうだが、ホロコーストの聖地で人体像とくれば、お定まりの鎮魂図絵になりかねないことは内海も百も承知だったはずである。/それをそうさせなかったのも、あの自他に開かれた第三の主体だったのではなかろうか。自由自在な主体であればこそ、それが放つイメージは聖地の表層を突き抜け、深い根源の彼方に思考の錘を着地させたのである。/というのも私は、不毛の砂地のような色彩世界をたよりなげに転がっていく黒い姿態を前にして、はるか渺渺たる世界のなかで人間が負ったであろう存在不安の傷を目の当たりにしているような錯覚に襲われたからだ。…」。今回の作品群との本質的な違いは何か。
その前に、二点注記しておこう。内海が人拓を用いるライブ・ペインティングを行なったのは、ペルー国立博物館が刊行したカタログ(1999年)と内海のwebsite(http://utsumix.com/)を見る限り、遅くとも同博物館で1999年である。その意図は定かではないが、少なくとも同年のナスカ・シティプラザにおいてのそれは、webに「ナスカ地上絵研究家マリア・ライヒ女史追悼のためのライブペインティングを行なう」とあるので、アウシュヴィッツを表しているものではない。また、国内の内海の作品を隈なく見ている三田がはじめてみたと記しているのだから、ライブペインティング=人体=アウシュヴィッツという図式は、2009年から現れたのかも知れない。しかし内海は「20世紀へのレクイエム」と題して、世界中でライブペインティングを行なっている。屏風という様式も、前出1989年のカタログに《INNERSCAPE 1989:MORPHOGENESIS/》(pair of four-fold screens, 500×250mm, each)が掲載されているので、内海が初期の頃から使用していることが伺える。
今回の作品は真黒な人拓ではなく、赤、白、金が交じり合っている。背景の色も2009年のそれに比べ、複雑化している。色が多ければ画面の密度が上がるわけでは決してない。しかし今回の作品を私は目の当たりにして、内海はアウシュヴィッツも絵画も越えてしまったと感じた。三田が「深い根源の彼方に思考の錘を着地させた」というのであれば、私は「根源も思考も届かない地点に浮遊させた」とするだろう。内海もモデルの中島春矢も、アウシュヴィッツを経験していない。しかしそれでもこの人類が生み出してしまった悲劇に届いている。ここが三田の言う「着地」だ。これを今回は内海と中島というパーソナルと2010年という時間も日本という空間も引き剥がして、「絵画」という場所に浮遊させたのだ。完全にパーソナルと切り放たれて作品が浮遊する。このような例は、近代では難波田龍起、マーク・ロスコなどの一部の画家にしか見当たらない。
内海は1989年のマニフェストで「私は、この自然のシステムに限りない憧憬と畏怖を深く感じている」と記している。その想いに変化は無いのだろうが、「自然のシステム」にこの若さで到達したのではないだろうか。内海の絵画は、これから始まるのである。

Fig.1 内海信彦展「innerscape series 2010」展示風景(gallery K) 撮影:宮田 絢子

Fig.2 内海信彦展「innerscape series 2010」展示風景(gallery K) 撮影:宮田 絢子

Fig.3 内海信彦展「innerscape series 2010」展示風景(gallery K) 撮影:宮田 絢子

Fig.4 内海信彦展「innerscape series 2010」展示風景(gallery K) 撮影:宮田 絢子

Fig.5 内海信彦展「innerscape series 2010」展示風景(gallery K) 撮影:宮田 絢子
(ギャラリーなつかのweb http://homepage2.nifty.com/gallery-natsuka/natsuka/2007/utsumi_nobuhiko07.html を引用・宮田が編纂した)
1953 東京都生まれ
1974 慶應義塾大学法学部中退
1975 美学校油彩画工房終了
1981 多摩美術大学絵画科卒業
ペルー国立美術学校名誉教授/ペルー国立教育大学客員教授/美学校講師/河合塾コスモ講師/駿台予備学校論文科講師/桑沢デザイン学校講師/千葉商科大学講師
個展
1985~ 斎藤記念川口現代美術館/新潟市美術館/ヒルサイドギャラリー/愛宕山画廊/gallery K/ギャラリーなつか/ぎゃらりいセンターポイント/スカイドア・アートプレイス青山/キリンプラザ大阪/早稲田大学/東京造形大学など国内外で60回以上の個展開催。
1992 ハーヴァード大学客員芸術家としてカーペンターセンター・フォー・ザ・ビジュアルアーツで個展開催。
1996 ヴァーモント・スタジオセンター、カトマンズシビックセンター、カトマンズロシアンセンターで個展開催。
1997 イェール大学客員芸術家として、ヘンリー・R・ルース・ホール、トランブル・ カレッジで講義と滞在制作による個展開催。
同年ペルー政府より招待され、ペルー国立博物館、ペルー日本文化センターで滞在制作による個展開催。客員芸術家として国立美術学校、カトリック大学で講義。
1999 ペルー政府により招待され、ペルー国立博物館、ペルー日本文化センターで滞在制作による個展開催。韓国ジョクサン・インターナショナル・アートフェスティバルでライブペインティング。ペルー国立美術学校付属美術館、ペルー国立教育大学で個展開催。ペルー国立美術学校、リカルド・パルマ大学で講義と公開制作、ライブペインティング。韓国国立ソウルアートセンターでの舞踏家・金梅子公演の舞台美術。
2000 ポーランド・アウシュヴィッツ強制収容所跡でのライブペインティング。ポーランド国立ヴロツワフ美術館での公開制作。ポーランド国立美術アカデミーでの講義。マイダネク強制収容所跡でのマイダネク・アート・トリエンナーレ初日のオープニングセレモニーでのライブペインティング。ワルシャワ、聖スタニスワフ・コストカ教会で聖人ポピューシコ神父追悼のライブペインティング。「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ」における「内海信彦サマーセッション」でのレクチャーとライブペインティング。ポーランド国立ヴロツワフ美術館での個展とライブペインティング。
2004 「内海信彦コズミックスパイラル」でのライブペインティングと講義。
2005 東京芸術大学での講義とコラボレーション。
2006 東京大学先端科学技術センターでの講演(‘05)
2007 個展/ギャラリーなつか
パブリックコレクション
板橋区立美術館(東京)/斎藤記念川口現代美術館(埼玉)/真言宗吉祥寺(愛媛)/世田谷美術館(東京)/駐日ペルー共和国大使館(東京)/新潟市美術館(新潟)/ふくやま美術館(広島) /U.S.A ハーヴァード大学フォッグ美術館(マサチューセッツ)/イェール大学ヘンリー・R・ルース・ホール(コネチカット)/イェール大学トランブル・カレッジ(コネチカット)/イタリア・日本文化アカデミア(スペッロ)/ネパール・ナショナルギャラリー(カトマンズ)/ペルー国立博物館(リマ)/ペルー日本文化会館(リマ)/ペルー大統領府(リマ)/ペルー共和国外務省(リマ)/ペルー共和国教育省(リマ)/ペルー共和国国会議事堂(リマ)/駐ペルー日本国大使館(リマ)/ペルー日系人協会(リマ)/ペルー・カトリック大学美術館(リマ)ペルー国立美術大学(リマ)/ペルー国立美術大学付属美術館(リマ)ペルー国立教育大学(リマ)/リマ市立美術館(リマ)/リカルド・パルマ大学(リマ)/マリア・ライヘ博物館(ナスカ)/ナスカ市庁(ナスカ)/ラァウフィング・ストーン・ダンスカンパニー(ジョクサン)/オシフィエンチム・アウシュヴィッツ国際青年交流センター(オシフィエンチム)/アウシュヴィッツ強制収容所跡国立博物館(オシフィエンチム)/マイダネク強制収容所跡国立博物館(ルブリン)/ワルシャワ聖スタニスワフ・コストカ教会(ワルシャワ)/ポーランド国立ヴロツワフ美術館(ヴロツワフ)
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