2010年5月3日月曜日

レビュー|村林由貴個展「溢れ出て止まない世界。」

展覧会名|村林由貴個展「溢れ出て止まない世界。」
会期|2010年4月10日(土)-4月25日(日)
会場|京都造形芸術大学 GALLERY RAKU

執筆者|小金沢 智


Fig.1 村林由貴個展「溢れ出て止まない世界。」(GALLERY RAKU)展示風景 4月22日 撮影:筆者

およそ2年前、京都造形芸術大学情報デザイン学科先端アートコース在学中の村林由貴(1986-)を訪れ、アトリエで初めてまとまった数の作品を目にした時点で、村林のペインティングは女性を主人公にしたものがほとんどを占めていた。必要以上にも思える線が描き込まれ、その上にアクリルガッシュの鮮やかな色がのる。少女漫画のようなきらきらとした巨大な瞳を持つ女性たちは、動物や魚、虫などの生きものに囲まれ、笑い、泣き、怒り、叫んでいた。それぞれに物語がある、と村林は言い、一つ一つの作品はお伽噺のようにも見えた。

今回の個展「溢れ出して止まない世界。」は新作を中心にしているが、当時の作品も2点展示されていた。「AMUSE ART JAM 2008 in KYOTO」でグランプリを受賞した際の、複数の目玉と唇が宇宙のようなただ中を飛び回り、中心で女性が四つん這いになり咆哮している《この魂全てが、永久に君の名を叫ぶ》(キャンバスにアクリルグァッシュ・ペン、1170×2709mm、2008)。卒業制作の、それこそ特定のお伽噺を彷彿とさせる少女も紛れ込み、ドリーミーな世界で思い思いに生きる乙女たちが描かれている《やさしい夢に生きる乙女たち》(キャンバスにアクリルグァッシュ・ペン、800×8000mm、2009)。後者は、色の塗られていない線描のみの箇所があるという点でそれまでの作品と一線を画すが、女性を重要なモチーフにしているという点では変わらない。


Fig.2 村林由貴個展「溢れ出て止まない世界。」(GALLERY RAKU)展示風景 撮影:筆者
左:《やさしい夢に生きる乙女たち》
右上:《世界はいつだってキラキラしてやまない》(840×1350mm、2010)
右中:《静かに心に染みゆく》(1145×2030mm、2010)
右下:《会いたかったんだ》(515×1215mm、2010)

しかし、2009年4月に京都造形芸術大学院修士課程芸術表現専攻情報デザイン領域に進んだ村林は、一転して鉛筆によるドローイングを基調にした作品へと方向をシフトしていく。20枚のキャンバスからなる《浮遊して逃れて、でもまだそれでも生き足りない》(キャンバスにアクリルグァッシュ・ペン、2884×4550mm、2009)では女性はまったく姿を消し、虫や植物など人間以外の自然界に生きるものたちが重要な位置を担っている。そうかと思えば、今回の個展では以上の作品に加えストロークの強い抽象的なペインティングも多数展示され、また、公開制作で作られ、完成後天井からギャラリーを包むように展示された《宙に咲く花》(紙にアクリル・インク、4,000×7,020mm、2010)は葉牡丹をモチーフにしたドローイングである。GALLERY RAKUの床面は半分以上が公開制作のためのスペースとして使用され、周囲の壁面だけではなく天井も使い2008年から2010年までの作品が30数点展示され、夥しい線と色が交錯した。ただ、約3年の間に同一の作家が制作した作品とはにわかに考えにくいほどのヴァリエーションがあるため、一つの展覧会としての統一感は乏しく、個々の作品の完成度も一定ではない。


Fig.3 村林由貴《海底に潜む静けさ》(紙にペンキ、2,250×6,000mm、2010)部分 撮影:筆者


では、村林は今回の個展で鑑賞者に何を見せようとしていたのだろうか。ギャラリーの奥に設けられた小部屋《マイ・スイート・ルーム》がそのヒントになる。そこには完成しているのか定かではないペインティングやドローイングの数々があり、制作には一見無関係に思われる私物も置かれ、展覧会の進行予定が書かれたメモ書きまでもが壁に貼られている。《マイ・スイート・ルーム》は、ここに展示している絵を描いている村林由貴がどのような人間か、部分的であれ訪れる人に知ってもらいたいという気持ちがあらわれているように思われる。村林は個展を通して変化の途上にある現在進行形の自分を見せようとしたのではないか。


Fig.4 村林由貴《マイ・スイート・ルーム》 撮影:筆者

本展は村林のアトリエに足を踏み入れているような印象が強い。公開制作もいわゆるライブペインティングに期待するパフォーマンス性の強いものではなく、基本的に村林は床面に座り込み、細い筆を手に淡々と描き進めている。時折訪れた人たちと会話を交わす以外は、村林は黙々と描いている。その様子はともすれば外部に向かって閉じている印象を与えかねないが、《宙に咲く花》が葉牡丹から着想を得たものであることからも明らかなように、村林の作品は作家の興味をそそってやまない世界との絶え間ない交信の結晶としてある。


Fig.5 村林由貴個展「溢れ出て止まない世界。」(GALLERY RAKU)展示風景 4月25日 画像提供:村林由貴

おそらくかつての女性をモチーフにした作品は、村林の内面からまず出てきたものではなかったか。それは外部に向けられた喜怒哀楽綯い交ぜとなった村林の感情が女性という形を通して結晶化したものだ。しかし、今、村林は自ら世界に飛び込んでいる。この世界に存在するありとあらゆるものがその制作の手がかりになる。私は「溢れ出て止まない世界。」を、村林由貴の作家としての決意表明として見る。若い作家の今後に期待したい。

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